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2007年7月 6日 (金)

光化学スモックの現状(その3)

日本の光化学スモック汚染を見る

 日本での光化学汚染のとして取り上げられたのは、1960年代の前半で、石炭から石油系の燃料に変わった経済成長期にロンドン型スモックに近似した大気汚染が工業地帯で発生した。例えば、三重県の四日市市では、死者が出て,公害裁判で企業側の責任が追求されたのであるが、その頃が日本における大気汚染の始まりである。また、ショッキングな事件として社会的な関心を集めたのは1970年7月18日、東京都杉並区立正高校の生徒が運動中に、目がチカチカしたり、呼吸が困難で痙攣を起すという人体被害の発生であったが、これが日本におけるロスアンゼルス型スモックの始まりであった.。更にこの光化学スモックは1972年頃から景気の上昇に伴い、自動車台数の急増と大規模工場の影響で東京湾・伊勢湾・大阪湾などの太平洋側沿岸工業都市はもちろん、四国や倉敷の地方都市にも及ぶ広範囲に発生するようになった。.その為、当時の環境庁(現在の環境省)や各地方自治体では公害関連の測定機器を整備し監視するようになり、各県の公害研究所が中心となり、その地域の実態と要因物質や発生条件調査・研究が進められ、その究明の努力が現在も続いている。

光化学スモックとは

 新しい環境汚染「光化学スモック」の歴史をたどって見ると、スモックについては明確ではないが、1909年イギリスで、煤煙(smoke)と霧(fog)が原因で1千万余名の犠牲者が出た時に、その合成語として光化学スモック(Photochemicalr Smog)は1943年頃ロスアンゼルスで起きる視程障害現象を、報道関係者がこのように言い出してから広く用いられるようになった。

 スモックは前述のように、ロンドン型とロスアンゼルス型の2種類の視程障害現象があるとされているが、日本で言われているスモックは東京がロスアンゼルス型に近似し、ロンドンは四日市市などの工業地帯に発生する有害スモックに近いと言える。気象の専門家は視界2Km以下は煙霧・モヤなどで、雨や霧を除く視程障害現象をスモックと呼んでいる。この光化学スモックによる大気汚染の被害がロスアンゼルス盆地に出始めたのは1940年であり、その後1951年頃から本格的に調査が行われている。日本においても1972年ごろから東京都を中心に各都市でもその実態と気象条件の調査,研究が進められ、多くの事実が学会で発表されている。しかし、その全容についてはまだ明確に知られていないのである。

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